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2012年5月22日 (火)

この、つきあいづらいもの

パソコンのことである

人とのつきあいと違って

何年経っても好きになることもなじむこともない

それなのに

HPを持ち源氏の本を書かねばならない私は何時間もこのものと

むきあわなくてはならない

昨日夜も更けてもう今日は終わりにしようと

保存をクリックして閉じようとしたのだが

何度試しても保存ができないのだ

ここで冷静になって師匠に電話すればよかったのだが

いくら何でも遅すぎと遠慮し

出てきた読み取り専用となりますの表示を

えいとばかり押してやっと閉じることができた

今日開いて昨日の続きの文を書こうと思ったのだが

昨日苦労して刻んだ文はあとかたなく消えていた

徒労ということばが浮かびしばし呆然

師匠に電話したら他のものが出ていたので保存ができなかったのだ

そういうときは原因を考えなくてはだめだと注意勧告される

そんなこと言われたって原因なんか考えられるか

だいたい読み取り専用になりますなんていう

わかりずらい表示でひとがうんうん言って作った文をひと消しするとは

なんという不親切、無礼傲慢、むごく残忍な行為であろうか

だがどんなに嘆き怒ったところで相手は機械なのだから

どうしようもない

このものと同居は続けても未来永劫折り合いをつけることなどないが

憂き目にあわないよう気をつけようとは思った

2012年5月19日 (土)

若さと笑い

ゆかり雲の講読会で桐壺の巻の

後半、源氏の元服式の場面を語った時のこと。

父帝が精魂かたむけてとりくんだ式も厳粛盛大に執り行われ

無事に終わり源氏はこの日、

初めて髪を上げ冠をつけ子供用の赤い上着から

大人用の黄色の上着に着替える

そのりりしく美しい我が子の姿を見ながら

父は亡き母にこの姿を見せたかったと

愛する更衣を思い出しては涙をぐっとこらえる

実は式前そんな父が心配でたまらなかったことがあったという

それは髪をあげた元服姿がみずらを結った童姿よりも

劣っていたらどうしようということだった

そこでゆかり雲のみなさんに笑いが起こったのだ

帝がお母さんみたいでおかしいという

私はびっくりしてしまった

これまでの読者の反応はほほえましいと感じる程度で

声を立てて笑う場面ではなかったのだ

そうだ、ゆかり雲の持つ若さのせいだと思った

ゆかり雲のメンバーは40代少々と大半が50代である

子が自立しかかってるか家にくっついてるかやっと離れていったか

子育ての体験がまだ近しく感じられる年代でもある

こんなささいなことを気にしている帝がひどく人間的に見え

身近にも感じて思わず笑ってしまったのだろう

人の細かい心のひだを見逃さない神経こそが若さの特権であろうか

2012年5月18日 (金)

廬山寺のていたらく

葵祭が雨天順延になって廬山寺を訪れた

簡素な式部ゆかりの禅寺がけばいことになっていて驚いた

門には源氏千年祭以後式部をまつりあげようと

ここで育ち結婚して源氏を書きましたなんて

でっちあげの看板が新たに掛かっている

筆塚とか歌碑とか前はなかったと思う

どうってないことをとくとくと説明する

学生アルバイトのようなお兄さんなんて

あの小さな寺には必要なかろう

つい最近描かれた下手な源氏絵をさわるななどと注意して

ものものしく扱うのも変だ

庭もそこはかとなく風情があったのに

整備して人工的なものに作り替えてしまった

その結果

風情というものが全く失われ

露骨な商魂が見え隠れする寺と成り下がってしまった

特筆大書すべきは

何と拝観料が800円なのだ!

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2012年5月10日 (木)

急死なんて、いやだわ

今日のすずしろの会の話し合いは印象的だった

葵の巻の中頃

源氏と葵の上の夫婦仲が結婚当初の寒々しいものから

相手を思いやる普通の夫婦らしいものに変わってきて

よかったねーと声もあがりほっとした雰囲気がみなに流れるのを感じたりした

そして次の場面で急死する。 ええーと驚くもあたりまえである

実はこの場面は先月の例会で読んだところである

その時の感想文が今日配られて

その一文がが今月の場面を読むまえに

目に止まったのだ

それは

急死の時秋の司召し(官位昇進の決定がある日)で

左大臣家の男たちは浮き足だってぞろぞろと出かけていない

源氏も一足早く若宮に会うためにでかけていない

葵の上は産後の肥立ちが悪く

かわいい男子がうまれたというのに寝付いて衰弱するばかり

その日だれも葵の上の体を心配をするものがいなかった

男たちがいなくなった直後もののけに急襲されあっという間の死だった

まるでもののけが隙をうかがっていたごとく。

そこでみんなの疑問、なぜ女たちだけで葵の上を守れなかったのか?

男は全部いなくなるのは変、だれか一人位はいたはずではないか?

いいところをついてますね

みんな葵の上にこんなにあっけなく死んでほしくないと思っているのである

講師がえらそうにつぶやくには

もののけはぞくっぽい

権威とか剣とか弓張りとかよばはる声とかに弱くへなへなし

ーこれらは家人とか供人とかでなく身分高い男のものであるー

体力ない女には強く徹底的にうちのめす

ほんと、もののけって何でしょうね

いろいろ議論がでたが夜もふけたので省略させていただく

2012年5月 6日 (日)

広町の森

広町の森は西鎌倉と七里ヶ浜にはさまれた造成地の奥に開ける

里山地帯である

鎌倉市に手つかずの自然がそのまま残されているところは

数少ない。広町も何回資本の餌食にされそうになったことか。

そのたびに住民運動がおこりかろうじて守られてきた

風薫る連休最後の日曜日友人と散策にいった

森に一歩踏み出すなり

ああここだ

こういうのを手つかずというのだと思った

公園などによくある人工の香りが全くない

ぬかるんだ道

絶え間ないウグイスたちのおしゃべり

せせらぎのかすかな音

新緑のはっぱたちのみずみずしさ

風のかおり、優しい音

桜はおわり山藤はまだ

小さな野草しか咲いてない

そういう意味では

何にもないただの森なのだ

観光客に愛されすぎて

どうにか変わってしまいそうな

鎌倉だからこそ

貴重なてづかずの自然の姿である

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2012年5月 4日 (金)

たびの話

先日お伝えした初めてキモノを着た日のこぼれ話がある

当日始めに足のサイズを聞かれ24というと竹中さんがLサイズの足袋を

出してきてくれた

それをウンとばかりに大足にはめこんだがきつくてこはぜが

下2つしかはまらなかった

竹中さんもしょうがないわねLLかしらというので

私も内心いよいよ我が足のでかぶりに嫌気がさすばかり

親め!バカの大足に産んだあんたが悪いのだよとつぶやく

で、こはぜ上3つぶらぶらのまま何とか着付けも終わり

気をよくしてこのまま鎌倉まで帰ろうかしらなんて言ってしまう

すると竹中さんかわいい声でそうねそれがいいわよねとすすめる

私、靴じゃだめかなというとだめだめといってぞうりをいくつも

わたしの前に並べる

しかしバカの大足にとてもはまるようなぞうりはない

どう引っ張ったって半分くらいしか入らないので泣きそうな心境になる

で、結局その日はいただいたものは宅急便にして洋服の帰還となる

そしたら今日およすく会の例会があって

竹中さんと天田さんが実はわたしたち

今の足袋の中にボール紙が入っているのを知らないで

そのまま先生にはかせちゃったのよ

私が帰った後で気がついたのだという

それでは私はボール紙に覆われた足袋をたびと思ってはいてたというわけ?

だからぞうりが全然はいらなかったし

こはぜも止まらなかったんだ

それにしてもごわごわ感に気づかなかった私は相当鈍いのだろうが

バカの大足と子供のころから言われ続け思い込み続けてきてマヒした感覚に

ボール紙たびが結構合ってたのかもしれないと思うようになった

しかし竹中さんが持たせてくれたボール紙なしのたびを

我が家で密かに履いてみたら何とこはぜが全部はまるではないか!

肌にぴたりとつく感じが足袋と言うヤツかとわかったのである

ぞうりがどうかがまだわからないが。

かといってバカの大足は変わったわけではない

ただLLをはかないですんだだけである

私の耳元に母のおまえはばかの大足だから困ってしまう

何軒回ったら合うのがあるかねと言う声が残っている

小学生だった

明日遠足なのに靴がこわれて履くのないと

夜遅く仕事から帰ってきた母におずおずというと

母は明かりのついた早稲田の通りを私の手を引っ張って早足に

歩きながらぼやくのだった

母のぼやきは無理なかったよなと今わかる

明治44年生まれの母は戦前戦後を通し小学校教員として働き続けた

学校でめいっぱい子供の面倒見てそのあとでコロッケや天ぷらなど

抱えて夜我が家かえると5人ものガキが狭い家の中でうろうろしてるのだ

母はもううんざりだったにちがいないがまあよく我慢して食べさせてくれたと思う

話がずれてしまったがおよすく会が終わって気持ちよく飲んで

そのあとキモノの世話をしてくださった竹中さんと天田さん

と常連酒好き3名でバーへいきましょうよと言うことになり

雨の中をしばし歩いて水道橋のうらてにある薄暗いバーへ

天田さんがえらく気に入ってあたしこういうところ好きよなんて言って

この夜は本当に楽しいひとときを過ごせたのである

竹中天田お二人の品よい若さはおよすく会の宝である

2012年4月29日 (日)

平安の女君たちの美意識

空蝉や夕顔たち、中の品の女君について

の感想で多くの方たちは自分を持った女性たちだという

女君たちの生き方を貫いているのはそれぞれの内に持つ美意識である

それは倫理観でも道徳観でもない自我の構造ではないだろうか

空蝉は受領の後妻にすぎない我が身と源氏とは「つきなし」と

感じられて引く。男と女としてふさわしくないと思うからこそあんなに好きなのに

源氏を拒む

夕顔は悩む姿を見られるのは恥ずかしいと感じる

だからいつもおっとりしているように振る舞う

美意識は見られる自分を意識するところに生ずる

何を恥ずかしいと感じるかがその人の美意識を表現する

ある日の講義でついこんなことを思いつき口走ってしまった

2012年4月25日 (水)

はじめてのキモノ

およすく会には年を越えて素敵に飛んでるおばさま方が2人いる

竹中天田女学校同級生コンビで

我々、お二人の知的好奇心旺盛で前向きな

今が一番しあわせよという姿勢が大好きで大いに励まされてる先輩たちである

私がキモノに無縁で着たことないし持ってないと恨みがましく口走ったら

2人がキモノまとめてあげるから着てみなさいと言う

私は親におまえは色が黒い上に足首太くばかの大足で肩幅広く衣紋掛けだから

キモノなんか着られない3枚千円のブラウスでもきてたらいいといわれながら

育ったので絶対にあわないだろうと思っていたしどうしようかと決めかねていた

そしたら着付けもこなす友人がもらっちゃえと背中を押してくれた

先日友人と共に竹中邸へお邪魔して着付け教室が催されたのである

それが着てみるとウンけっこういいかなという思いがわいてきた

2人が私のために用意してくれたキモノは

色といい布の質といいとびきり上等なもので

はじめての私でも手触りの心地よさでそれがわかる

なんだか洋服と違って気持ちが浮き立つ

一枚一枚なんやかやとひとつひとつ小物を身につけて

やっと仕上がる

ふーとため息が出てしまうほど覚えきれないプロセスがある

その細やかさは実際に着てみないとわからない

実に日本人にはまった感じがこそばゆい

日本の伝統にしみじみ浸っているという気分はなかなかだった

我が家にはキモノを入れる箱もなければ草履もたびも畳もない

ないないずくしのとってつけたような環境の中で

果たしてキモノ文化は定着するだろうか

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2012年4月17日 (火)

ハツリの姉ちゃんたち

今日から我がマンションの給排水管取り替え工事が始まった

若い男の作業員たちに混じってニッカポッカの姉ちゃんたちが4名いる

解体工事は埃と騒音にまみれるきつい仕事だが

若い女がいるだけで雰囲気がなごむ感じなのが伝わってくる

今こうしてあらゆる職種に普通に女がいるというのが

感慨深いものがある

がーがーとハツリが終わった後女の子たちが掃除にきた

丁寧でちゃんと隅々まできれいにしてくれた

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後楽園の花見

今年の桜たちは申し合わせたかのように

わっと咲きわっと散っていった

人の心を乱調にさせる満開の色気を見せつけたかと思うよく日には

はかなく花筏になって水にあそんでおり

まことに融通無碍の日本的花じゃと痛感した

体の調子を崩してちゃんとした花見には行けなかったが

きよら会の皆さんとお手軽後楽園の花見を楽しむことができた

ドームとビルが借景の由緒ある水戸藩の庭園で

なかなか風情にとんで山あり滝ありの見立てを楽しめる所だ

訪れる人たちは池を巡り花をめでながら三々五々回遊する

狭い所を里山や深山幽谷などに見立てて大層な所に見えるよう

工夫がこらされている

先だって上海の魯迅公園で見た光景を思い出す

中国の人は花を愛でるよりダンスと気功と大音量を楽しむ

ごちゃごちゃひしめき合ってても公園は歌うところ体を動かすところなのだろう

紅葉の若葉色がどきっとするくらい美しかった

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きよら会の新人2人と旧人1人

さて顔はわからねどけはひで察してください

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