先日お伝えした初めてキモノを着た日のこぼれ話がある
当日始めに足のサイズを聞かれ24というと竹中さんがLサイズの足袋を
出してきてくれた
それをウンとばかりに大足にはめこんだがきつくてこはぜが
下2つしかはまらなかった
竹中さんもしょうがないわねLLかしらというので
私も内心いよいよ我が足のでかぶりに嫌気がさすばかり
親め!バカの大足に産んだあんたが悪いのだよとつぶやく
で、こはぜ上3つぶらぶらのまま何とか着付けも終わり
気をよくしてこのまま鎌倉まで帰ろうかしらなんて言ってしまう
すると竹中さんかわいい声でそうねそれがいいわよねとすすめる
私、靴じゃだめかなというとだめだめといってぞうりをいくつも
わたしの前に並べる
しかしバカの大足にとてもはまるようなぞうりはない
どう引っ張ったって半分くらいしか入らないので泣きそうな心境になる
で、結局その日はいただいたものは宅急便にして洋服の帰還となる
そしたら今日およすく会の例会があって
竹中さんと天田さんが実はわたしたち
今の足袋の中にボール紙が入っているのを知らないで
そのまま先生にはかせちゃったのよ
私が帰った後で気がついたのだという
それでは私はボール紙に覆われた足袋をたびと思ってはいてたというわけ?
だからぞうりが全然はいらなかったし
こはぜも止まらなかったんだ
それにしてもごわごわ感に気づかなかった私は相当鈍いのだろうが
バカの大足と子供のころから言われ続け思い込み続けてきてマヒした感覚に
ボール紙たびが結構合ってたのかもしれないと思うようになった
しかし竹中さんが持たせてくれたボール紙なしのたびを
我が家で密かに履いてみたら何とこはぜが全部はまるではないか!
肌にぴたりとつく感じが足袋と言うヤツかとわかったのである
ぞうりがどうかがまだわからないが。
かといってバカの大足は変わったわけではない
ただLLをはかないですんだだけである
私の耳元に母のおまえはばかの大足だから困ってしまう
何軒回ったら合うのがあるかねと言う声が残っている
小学生だった
明日遠足なのに靴がこわれて履くのないと
夜遅く仕事から帰ってきた母におずおずというと
母は明かりのついた早稲田の通りを私の手を引っ張って早足に
歩きながらぼやくのだった
母のぼやきは無理なかったよなと今わかる
明治44年生まれの母は戦前戦後を通し小学校教員として働き続けた
学校でめいっぱい子供の面倒見てそのあとでコロッケや天ぷらなど
抱えて夜我が家かえると5人ものガキが狭い家の中でうろうろしてるのだ
母はもううんざりだったにちがいないがまあよく我慢して食べさせてくれたと思う
話がずれてしまったがおよすく会が終わって気持ちよく飲んで
そのあとキモノの世話をしてくださった竹中さんと天田さん
と常連酒好き3名でバーへいきましょうよと言うことになり
雨の中をしばし歩いて水道橋のうらてにある薄暗いバーへ
天田さんがえらく気に入ってあたしこういうところ好きよなんて言って
この夜は本当に楽しいひとときを過ごせたのである
竹中天田お二人の品よい若さはおよすく会の宝である